若狭小浜、古刹と伝統的町並みを訪ねて

国内旅

明通寺

歴史の授業で習われたと思いますが征夷大将軍として蝦夷を討伐したことで知られる坂上田村麻呂、その坂上田村麻呂が平安初期に創建したと伝えられる明通寺を訪ねました。

本堂、三重塔が国宝、重要文化財に指定されている貴重な仏像も複数見ることができます。現存する本堂、三重塔は鎌倉時代のものですが、まさに質実剛健といった表現がぴったりで趣があります。本堂に入ると住職と思われる方が説明をしてくれます。先着の方が聞いておられ途中からになりました。再度、後から来られた方と最初から聞き始めましたが、途中で「先ほど途中から聞かれた方はこの後は先ほど聞かれた部分と同じですからどうぞ動いて中をご覧ください」との気配り十分の対応に感謝です。

若狭神宮寺

続いて東大寺二月堂へお水送りの寺として知られる若狭神宮寺を訪ねます。

奈良時代の開創と伝わる古刹。重要文化財の本堂は戦国大名朝倉義景により再建されたもの。お水送りについての詳細は省略しますが、本堂横にある閼伽井戸では実際にお水送りに使われる水を味わうこともできます。

妙楽寺

続いて木造千手観音立像(重要文化財)で知られる妙楽寺を訪ねます。

建立の起源は定かではないようですが、奈良時代から平安初期と伝わる古刹。重要文化財の木造千手観音立像は平安時代の作とされ同じく重要文化財の本堂は鎌倉初期の建立で若狭における最古の建造物とされる。人による説明はありませんが本堂内には音声による説明が聞ける機器が設置されています。木造千手観音立像は長く秘仏であったため、かなりの部分が金箔に覆われています。

三丁町

重要伝統的建造物群保存地区に指定されている「小浜西組」内にある「三丁町」を訪ねました。かつての茶屋町で狭い路地に出格子の家が軒を連ね当時の面影を感じることができます。ちなみに「小浜西組」とは城下町の町人地を「東・西・中」の3組にわけて町づくりをしたことによるもの。

若狭の小京都と言われる小浜、古くから海と奈良や京都を結ぶ拠点として栄え、陸揚げされた物資や海産物を都に運ぶ上で重要な役割を果たしてきました。仏教が政治的にも影響力を持つ時代、都とのつながりの深い小浜に寺社仏閣が多く建立されたのではと考えられています。海産物を運ぶ街道は鯖街道とも呼ばれるようになりその拠点になっています。また江戸時代からは北前船の寄港地として栄え、往時の賑わいを伝える町並みも残っています。
寺社巡りはやはり車がないと厳しく自家用車、レンタカー又は観光タクシーの利用が必要かと。近畿圏、名古屋圏からは日帰りも可能、ただ今回紹介したお寺以外にも数多くの魅力ある寺社があり宿泊してゆっくり巡るのをお薦めします。遠方からの方も含め日数をかけ訪れる価値はあると思います。