大阪河内 烏帽子形城跡を訪ねて

国内旅

大阪府河内長野市にある烏帽子形城跡、南北朝時代に活躍した楠木正成が築いたとされる楠木七城の一つとされています。眼下に高野街道をのぞむ交通の要衝で室町時代には河内守護職の畠山氏の後継者争いの舞台となり、畠山氏が力を失ってからは織田信長や豊臣秀吉の支配を受けました。そんな烏帽子形城跡を訪ねました。
アクセスは河内長野駅から徒歩で15分程度、周囲は公園として整備されていて車利用の場合は駐車場もあります。
河内長野駅から歩いて訪ねます。近くを通っている高野街道を歩いて行きます。

高野街道はかつて京や大坂と弘法大師空海が開いた高野山を結ぶ街道。複数あるルートがここ河内長野で合流、1本の道になり高野山に向かいます。中世には貴族だけでなく武士や庶民にも高野詣が広まり賑わったようです。

ところどころに道標もあり登録有形文化財になっている造り酒屋の建物が残っています。説明書きがありますが江戸時代末期から明治初期にかけて建てられたとされているようです。
古い街並みの中をさらに進んでいくと烏帽子形城跡の案内があります。

案内に沿って進んでいくと大きな通りに出ますがこの通りを渡ります。

別久坂といわれるところで坂を上りさらに進んでいくと到着します。いくつか入り口があるようですがさいなみ広場口というところです。

城跡目指して上ります。道は整備されていて、ポイントには標識もありますが落ち葉が積もっていて歩きにくかったり道がわかりにくいところはあります。

堀切、横堀、土塁がいい状態で残っています。

町中でこれだけ良い状態で残っている城跡は珍しいと思います。山城ファンの方はわくわくが止まらないのではないでしょうか。
横堀の中を歩いたり土塁の上を歩いたりして上っていくと曲輪に到着します。

曲輪では発掘調査の結果2棟の建物が確認されていてその礎石を地上に再現しているとのことです。また曲輪からは河内平野を一望でき周囲にある城を見渡すことができたようです。
曲輪から再度横堀や土塁を見ながら入ってきたさいなみ口とは反対側に下ります。

公園があり駐車場もあります。入り口には大きな「烏帽子形城跡」の碑もあります。
外にでて烏帽子形八幡神社を目指します。城跡の入り口から5分ぐらいで到着します。

城の鎮護として社を創祀したのが始まりとされていて本殿は重要文化財に指定されています。
烏帽子形八幡神社に参拝した後は河内長野駅に戻り行程を終了します。河内長野駅から往復で2時間程度の行程です。

楠木七城の一つとされる烏帽子形城跡を訪ねました。楠木正成時代のことはよく判っていないようで説明書きも室町以降の記載がほとんどですが市街地の中にこれほど保存状態の良い山城跡が残っていることに驚きです。ターミナル駅から徒歩で訪ねることが可能で近くには古い街道も通っています。街道歩きも兼ね保存状態の良い山城跡を訪ねてみてはいかがでしょうか。(各種交通機関、各施設等の情報は公式HP等で最新のものをご確認ください。)