瀬戸内海に浮かぶ日生(ひなせ)諸島、ご存知の方は多くないかもしれませんが岡山県東部、兵庫県との県境にあり13(14とする分類方法も)の島々で構成され大半は岡山県に属しています。そんな日生諸島の一つ、大多府島を訪ねました。
アクセスは日生港(岡山県備前市)から定期船が1日6~7便出ています。日生港はJR日生駅からは少し離れていますが歩ける範囲で徒歩15分程度といったところでしょうか。JR日生駅前にも港(日生駅前港)がありこちらを経由する便もありますが、本数が少ないので日生港を利用するのが一般的かと。車利用の場合大きくはないですが日生港の横に市営駐車場(有料)があります。
車を利用、市営駐車場に車を駐め定期船に乗船します。経由地により所要時間が変わりますが30~40分程度で到着します。


港のすぐ近くに加子番所があります。


加子とは水夫のことで船を漕いだりその他雑役を行っていましたがその水夫のための番所。平成になり復元されたものですが、中は休憩所になっていて大多府についての説明書きがあります。それによると大多府が開港されたのは1698年、その前年、参勤交代の航海をしていた薩摩藩が暴風雨に遭いこの島に避難し助かったことがきっかけとなったようです。
港から慈雲寺というお寺を目指します。小さな島なので歩いて回ります。


近代的な塔、弘法大師像と並んで海や魚に関係の深い魚藍観音像があります。
慈雲寺から港の方にもどり勘三郎洞窟跡を目指します。洞窟の中には入れないとのことですが入り口まで行くことにします。


島内には自然研究路(遊歩道)が整備されており歩きやすいです。またところどころに石仏が置かれています。島内で八十八ヶ所巡りができるそうです。


勘三郎洞窟跡が近づいてきたようですが「落石の恐れがありますので立入りはできません」との案内板があります。洞窟の中に入れないだけなのかあるいはもっと手前からなのか、よく判りませんがもう少し進んでみます。


勘三郎洞窟跡とは江戸時代、勘三郎という人がこの洞窟内で藩札(各藩が領内で独自に発行した紙幣)を偽造していたと伝わるところです。
断崖沿いに洞窟跡に通じる遊歩道があります。特に立ち入りを制限するような看板等はありませんが整備はされていない感じで崩落の危険もありそうなでこの辺で残念することにしました。
自然研究路に戻りますが石垣が目に入ります。


何の跡なのか説明板等はなく確認しても判りませんでしたが人の営みがあったのだと思います。
集落の方に戻り大井戸に向かいます。


長い間人々の暮らしを支えてきた島唯一の井戸だそうです。
大井戸から島の北東の方に歩いていくと春日神社があります。


神社の横の海岸から入江越しに元禄防波堤が見えます。


元禄防波堤は開港(1698年、元禄11年)の際、石を組み合わせて作られたもので防波堤として初めて国の文化財に指定されたとのこと。補修はされているようですが300年以上前に作られた防波堤が今も役割を果たしていることに驚きです。
入江越しに集落を見ながら海岸を進んでいくと夫婦岩が見えます。


夫婦岩を見た後は自然研究路に戻りしばらく歩くと灯籠堂があります。


説明書きによれば灯籠堂はいつ作られたのかは不明のようですが1714年には障子を張り替えた記録があるようなのでそれ以前ということになります。明治以降石塁だけが残されていたようですが1986年に再建されたようです。
港の方に戻ります。


少し時間があるので港の周辺を散策していると診療所があり診察予定日を見ると月に1回程度になっています。また郵便局はなく船の待合所の前にポストがあるだけとのことです。本土に近い島ですが過疎化が進む島の現実を認識させられた気がします。
島での滞在時間は2時間半程度でしたがだいたい回れたかなというところです。
元禄時代に港が開かれ風待ちの港として栄えた大多府島を訪ねました。往時を偲ばせる元禄防波堤や灯籠堂といった史跡を見ることができ島を一周する自然研究路も整備されています。また周辺は牡蠣の養殖が盛んな地域で牡蠣の入ったお好み焼き「日生カキオコ」がご当地グルメとして知られています。歴史を感じられる大多府島を散策し、お腹を空かせて「カキオコ」を食べる旅もいいのではないでしょうか。(各種交通機関、各施設等の情報は公式HP等で最新のものをご確認ください)

