愛媛県新居浜市にある別子銅山跡、かつては栃木県にあった足尾銅山などとともに日本を代表する銅山として繁栄しました。その跡地は道の駅を兼ねた観光施設マイントピア別子として整備されています。マイントピア別子は銅山の歴史が学べる観光坑道や砂金採りの体験ができる施設などがある「端出場ゾーン」と山中に鉱山遺構が残る「東平ゾーン」があります。そんな別子銅山跡を訪ねました。
アクセスは端出場ゾーンまでJR新居浜駅からバスがでています。車利用の場合、松山自動車道新居浜インターから10分程度です。車を利用、インターから端出場ゾーンに向かいます。途中鉱山鎮守の神として祀られた大山積神社があります。


境内には別子銅山記念館があり鉱山専用鉄道用に購入された蒸気機関車なども展示されています。


記念館は半地下の珍しい建物で、屋根には一面にさつきが植えられています。さつきの名所としても知られているようです。
神社から少し走るとマイントピア別子(端出場ゾーン)に到着します。
鉱山の歴史が学べる観光坑道にトロッコ列車で向かいます。


別子銅山の採掘開始は1690年、坑道の中は江戸時代の様子を再現したゾーンや近代の様子を再現したゾーン、体験ができるゾーンがあります。夏真っ盛り、危険な暑さといわれる季節ですが坑道の中はヒンヤリ、少し寒いくらいでした。


出口から外にでると温度差で体がついていかない、そんなイメージです。端出場ゾーンには水力発電所跡なども残されています。
端出場ゾーンから東平ゾーンへ移動します。車で30分程度ですが急で狭い山道、対向できないところが多く注意が必要です。公共交通機関はありませんが端出場ゾーンからツアーが出ているようなので、車以外の方や運転に自信のない方は選択肢になるかと思います。
ゆっくり慎重に運転し東平ゾーンに到着します。標高は700m以上あり麓の危険な暑さにくらべると暑さはやわらぎます。駐車場から長い階段を下りていくと鉱山関連遺構を見上げる場所に到着します。この220段の階段はインクラインの跡だそうです。




「東洋のマチュピチュ」とも呼ばれる鉱山関連遺構が目に入ってきます。選鉱場跡、貯鉱庫跡や索道基地跡で少し近づいて見たり階段を上って横から見える場所から眺めたりします。


産業遺産好きの方にとってはわくわくが止まらないのではないでしょうか。
さらに下ったところに鉱山で働いていた人々の住宅跡があります。


かまどや井戸の跡が残っています。


確かにここに人々の暮らしがあったと実感できます。鉱山で働き、ここで生活をしていた人々の生活を想像してみます。
下りてきた階段を上り駐車場のあるところまで戻ります。そこから第三通洞や変電所跡のあるエリアを目指します。
途中鉱山運搬機を展示しているところがあります。


少しわかりにくいですがトンネルの中に保存・展示されています。
第三通洞のあるエリアまでは広くはないですが道は整備されています。


10分程度歩くと開けたところに到着、「東平採鉱本部跡」の説明板があり奥の方には第三通洞が見えます。


説明が書かれていますが大正5年から昭和5年まで採鉱本部が置かれ火薬庫、機械修理工場、木工場などが設けられたようです。
火薬庫の跡、少し上ったところにレンガ造りの変電所跡があります。


「マムシ注意」の看板があり足元を注意しながらですがこのあたりを散策しているとまさにタイムスリップしたような不思議な感覚になります。変電所跡などはまさに産業遺構と呼ぶにふさわしいかと思います。日本を代表する銅山として繁栄した別子銅山も時代の流れとともに存在感を低下させ昭和48年に閉山となります。
第三通洞、変電所のあるエリアから駐車場のあるエリアに戻ります。選鉱場跡や貯鉱庫跡と瀬戸内海が臨めるところがあります。そしてもう一度「東洋のマチュピチュ」を上から眺めます。


鉱山で働いていた人々もここから瀬戸内海を眺めていたのでしょうか、いろんな思いをよぎらせながら行程を終了します。
端出場ゾーンと東平ゾーン、移動時間を含めれば3~4時間程度は必要かと思います。
愛媛県新居浜市にある別子銅山跡を訪ねました。本家の「マチュピチュ」とは少し性質は異なる気はしますが山の中に忽然と現れる大きな建築物、遺構(東平ゾーン)は的外れな表現ではない気もします。別子銅山跡を訪ね「東洋のマチュピチュ」を味わってみてはいかがでしょうか。(各種交通機関、各施設等の情報は公式HP等で最新のものをご確認ください。)
