丹波路 福知山を訪ねて

国内旅

京都府福知山市、戦国時代主君織田信長の命により丹波を平定した明智光秀はここに城を築き城下町の整備に着手しました。信長は光秀の丹波平定を高く評価したと言われています。しかしながら光秀はほどなく戦国時代最大のクーデターと言われる本能寺の変を起こしその後非業の死を遂げます。統治した期間は短かったですが税の免除や治水事業を行うなど善政を行ったとされています。そんな光秀が築いた福知山を訪ねました。
アクセスは鉄道利用の場合はJR福知山駅が起点となり駅に観光案内所があります。観光案内所では土産物の販売やレンタサイクルもあります。車利用の場合は駐車場が数か所に整備されています。
まずは福知山城を訪ねます。

福知山城は光秀が築いた後本能寺の変、山崎の合戦や関ケ原の戦いを経て江戸時代以降も城主が入れ替わりますが1669年以降は朽木氏が藩主を務め明治維新を迎えます。明治時代に廃城令により天守周辺の石垣などを残し取り壊されますが昭和になり再建の気運が高まり1986年に再建されました。石垣には多くの五輪塔や宝篋印塔などの石造物が転用石として使われています。天守閣の横には朽木氏の歴代藩主が藩祖と仰ぐ朽木稙綱を祀った神社があります。

石垣を見ると確かに変わった形の石があります。バランスが崩れないか心配になります。城の中には明智氏や歴代藩主に関する資料などが展示されています。
城を見学後は城下町を散策します。すぐ近くを由良川が流れていて堤防の上を北に向かって歩いて行くとすぐに蛇ヶ端御藪が見えます。

説明書きによると、光秀が城下町を開くため大堤防を築いて河道を付け替えたと伝えられているようで、「明智藪」「光秀堤」とも呼ばれているようです。
堤防から降りたところに明覚寺というお寺があります。

明治時代、廃城令により福知山城が取り壊された際、城門数棟が寺の山門として移築されました。この明覚寺の山門はそのうちの一つだそうです。
堤防に戻り4~5分歩くと麓に稲荷神社、水天宮社と書かれた神社がありそこから西向きに大きな通りが伸びています。

広小路商店街で歩いて行くと途中SLが展示されていて映画館などもあります。
広小路商店街から北向きに方向を変え歩いて行くとお寺が並んでいるエリアに到着します。最初に訪ねたのは法鷲寺というお寺でここの山門も福知山城から移築されたものだそうです。

扉が二重になっていますがおそらく小さい扉はあとから付けたものかと推測します。
法鷲寺の隣に久昌寺というお寺があります。

最も長く福知山藩を治めた朽木氏の菩提寺でなかなか貫禄のあるお寺です。
久昌寺の前の道をそのまま北西方向に歩いていくと高良厄除神社があります。

由良川の氾濫に苦しむ人々の安心立命のために創建されたのではと考えられており、地元の人々からは「厄神さん」として信仰を集め親しまれているようです。
厄神さんからもう少し北西方向に進むと梅干し半十郎観音があります。分かれ道がいくつかあるので注意が必要ですが厄神さんから100mぐらいのところにあります。

説明が書かれていますが、江戸時代の末期、重い税に苦しむ人々を助けるために盗みを働き捕らえられた半十郎という者が処刑される際、隠し持っていた金の観音様を飲み込み「私の墓へ梅干しを持って詣でれば首から上の病気は観音様のご利益をいただき必ず癒る」と言い残してこの世を去ったとのこと。半十郎はこの地に祀られましたが、以来人々の信仰を集め、梅干しの絶えない祠になったとのことです。
梅干し半十郎観音から御霊神社に向かいます。高良厄除観音まで戻りけやき通り(JR福知山駅に通じる道)という大きな通りを南に6~7分歩くと大きな通りとの交差点があり左に曲がると正面に見えます。

御霊神社という名前から非業の死を遂げた光秀を祀る神社というのが想像できますが、元々は別の神様が祀られていたところに江戸時代に光秀を合祀したものだそうです。
御霊神社からさらに南の方向に歩いて行くとJR福知山駅があり、駅から福知山市役所の前を通り福知山城に戻ります。このあたりには城の門の跡などがあります。

城下町の散策は終了しますが、少し足を延ばして元伊勢三社と呼ばれる神社に参拝します。車利用の場合、福知山城下町から25~30分といったところです。鉄道利用の場合、駅から少し歩きますが福知山駅から京都丹後鉄道の宮福線でアクセスできます。
まずは元伊勢外宮豊受大神社に参拝します。鉄道利用の場合は大江高校前駅から徒歩15分程度です。

そもそも元伊勢とはというところからですが、伊勢神宮が現在の三重県伊勢市に落ち着くまでに神々が各地を巡り仮に鎮座したとされる地を指すようです。そしてその伝承を持つ神社が「元伊勢~神社」と呼ばれておりその代表的なものが福知山にある「元伊勢外宮豊受大神社」「元伊勢内宮皇大神社」と「天の岩戸神社」で元伊勢三社と呼ばれています。
次に内宮皇大神社に向かいます。車利用の場合は外宮豊受大神社から5分程度で着きます。鉄道利用の場合2駅先の大江山口内宮駅から徒歩15分程度です。

境内は広く厳かな雰囲気が漂っています。気のせいかとは思いますが何かある、そんな感じです。
三社のあと一つ、天の岩戸神社はここから歩いて10分程度で到着します。

本殿は横を川が流れる岩壁にあります。通常であれば近くまで歩道を歩き、最後は鎖をつたってですが本殿の前まで登れます。しかしながら前日まで雨が降り続いた影響で川の水かさが増し歩道が川になっていたので残念しました。少し離れたところに参拝所があったのでそちらからお参りさせていただきました。写真ではわかりにくいですが奥の方にかすかに本殿が見えているかと。
天の岩戸神社から皇大神社に戻り帰路に着きます。

明智光秀が築いた城下町福知山を訪ね、元伊勢三社にも参拝しました。所要時間は福知山の街歩きで城の見学時間を含め3時間程度、元伊勢三社参りでさらに2時間程度(車利用、移動時間含め)といったところでしょうか。
戦国時代最大のクーデターと言われる本能寺の変を起こし悪者に扱われることが多かった光秀ですが善政を行い領民に慕われていたことが感じられます。また少し足を延ばせば元伊勢三社と呼ばれパワースポットにもなっている由緒ある神社があります。鉄道で神社を目指す場合は鉄道ファンには魅力のローカル私鉄「京都丹後鉄道」を利用することになります。インバウンド需要の広がりで混雑が続く京都市周辺だけではなく同じ京都府の福知山を訪ねてみてはいかがでしょうか。(各種交通機関、各施設等の情報は公式HP等で最新のものをご確認ください。)