愛媛県松山市沖に忽那諸島と呼ばれる島々があります。平安時代から室町時代にかけてこの地域を本拠とし海上勢力としても知られる忽那氏に由来するとされています。どの島までを含めるのかはいくつかの考え方があるようですが有人の島がいくつかあり、その中に二神島という島があります。この島、50年以上前ですが近代化されていない日本古来の美しさを残した島としてアメリカの世界的な地理雑誌で紹介されたことがあるようです。50年以上も前のこと、島の様子も変わっているかと思いますがそんな二神島を訪ねました。
アクセスは松山市の三津浜港からフェリーと同じ松山市の高浜港から高速船が出ています。三津浜港からのフェリーを選択、島に向かいます。フェリーはいくつかの島を経由、1時間20分程度で到着します。港の待合室には「二神海の駅、海の恵みの里」との表示があります。訪れる人はあまりいないのか散策マップのようなものはなく道の駅の横に簡単な地図の看板があるだけ、写真に撮って歩き始めます。


歩き始めるとすぐに秘島の雰囲気とどこかなつかしい感覚を味わえます。港の周辺が中心地かと思いますが人はほとんど見かけません。ただ郵便局や診療所はあり確かに人々の暮らしはある、そんな感じです。


港から東の方に歩いて行くとすぐに宇佐八幡神社があります。残念ながら電気柵でブロックされていて中に入れません。


離島を訪ねているとよくいのししの被害に悩まされている話を聞きます。やはりいのししの被害が深刻ということなのでしょうか。ただ神社で立ち入りそのものまで規制しているのは珍しいかと。
さらに東の方に歩いて行くと「ビャクシン(イブキ)」の群生地があります。


港に説明書きがありましたが愛媛県でこれだけ群生しているのは珍しいとのことで県の天然記念物に指定されているようです。
ビャクシンの群生地から海岸沿いをさらに東の方に歩いて行くと小学校の跡があります。


残念ながら2009年に閉校になったようです。学校の向かい側の防波堤に「135年間ありがとう」とペイントされています。


子供たちの姿が見えなくなって15年以上、なんとも言えない雰囲気を醸し出しています。使われていないとは思いますが古い郵便ポストが印象的でした。
港にあった地図によると小学校跡の近くに神社があるようなのですが見当たらないため集落の方に戻ります。島の人を見かけたので聞いてみると「神社は少し高いところにあったのですが高齢化が進みお参りするのがしんどくなってきたので港の近くに移転した」とのこと。教えていただいた場所にいくと確かに祠がありました。


教えていただいた方によると「随分こじんまりしましたがお祭りもしていますよ」とのこと、島の人々の思いが伝わってくる気がします。
集落に安養寺という真言宗の寺があります。


この寺もお堂は電気柵で覆われています。何か行事のときだけ柵をはずし中に入るということなのでしょうか。
安養寺から島の北側を西の方に向けて歩きます。入江越しに何かの施設が見えます。施設の手前から山の中に入り島の南西側にあるアラレガ浜を目指します。


上り坂になりますが道は舗装されていて傾斜もそれほどきつくないので歩きやすいです。暑い中でしたが頑張って歩いて行くと島の南西側の海岸、アラレガ浜に到着します。港からだと50分程度といったところでしょうか。


このアラレガ浜は瀬戸内では珍しい丸石の浜として知られています。打ち寄せる波の音が砂浜などとは違うとのことですが正直よく分かりませんでした。テトラポットが置かれているので人の手が入っているのは間違いないのですが本当に人っ子ひとりいないです。
しばらく海を眺めたあと来た道を戻ります。
歩いていると農家さんが使っていたと思われるモノレールのような農業設備を見かけます。また集落に近づいたところに小さな祠を見つけました。


島は漁業と柑橘系の栽培が主な産業ですが過疎化の影響でしょうか使われなくなった農業設備を目にします。また祠については先ほどの神社のように移転したものなのでしょうか、あるいは後ろに石垣がしっかり組まれているので何か関係あるのでしょうか。何も書かれていないのでよく分かりませんがこのような小さな祠は気になります。
集落に戻り散策します。


海岸線の通り以外は細い路地でまさにレトロな離島の風景を見ることができます。さすがに50年以上前とは変わっているところはあると思いますが、世界的な雑誌に紹介されたのもわかる気はします。


ただ残念ながら民家に害獣除けの柵が見られます。空き家だけかと思いましたが実際住んでおられる家にも柵が設けられています。行政による対策が何かとられているのでしょうか。過疎化が進む地域の新たな課題を見せられたような気がします。
港に戻ります。


港には日本を代表する篆刻家、梨岡素岳の漢詩碑があります。説明書きによると関東大震災で被害に遭い夫人の故郷である二神島で隠棲生活を送ったようです。
行程を終了し帰路に着きます。


フェリーから遠ざかる二神島に別れを告げます。少しわかりにくいですが閉校になった小学校の跡も見ることができました。島の滞在時間は4時間半といったところ、暑い中でしたが頑張って歩きました。ただ何となくですが海に囲まれた小さな島、暑いのは暑かったのですが町中に比べれば少し過ごしやすかった気はします。
愛媛県松山市沖の二神島を訪ねました。美しい海と瀬戸内の島々が織り成す景色は素晴らしく集落の路地はレトロ感があふれています。行政区画は松山市に属しますがもう一つの松山市があった、といった感じでしょうか。美しい景色とレトロ感が味わえ、かつてアメリカの雑誌にも紹介された二神島を訪ねてみてはいかがでしょうか。(各種交通機関、各施設等の情報は公式HP等で最新のものをご確認ください。)
